引越し先がだんだん小さくなる気がするけど大丈夫!

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タイトルの言うとおり、胸クソ悪いこと見てしまった。

自覚があるかどうかはともかく、もともとオタクっていうのが自己満足しやすい人種とよく言われている。
才能のない人間は他人の作品で、商業ものだろうと同人ものだろうと、とにかく自分なりに自己満足させる。これは一番人畜無害的なやり方で、だれでも認めるだろう。
才能のある人間、絵が綺麗に描けたり、歌が上手に歌えたり、顔がイケメンに出来てたり。自分の喜びだけではもう充ちることができない表現欲さえあれば、上記の長所を活かして、多くの人間から崇拝を募ることで自己満足できるだろう。

話がここまで来ると、実は曖昧なことが一つ生み出した。それは、オタクの場合、才能が自分の作品を発表する基準ラインとなるのは適切なのか、ということだ。
才能やらとかはいいとして、私自身はそれなりに長い間オタクとして生きていた。歌、小説、吹替、コスプレ、様々なものも体験していた。
とちらかいうと、自分が才能のない方であると自覚してる。だからこそ、才能のない人間でも自分の歌、絵、コスプレを発表し、周囲に認められたいという気持ちが理解している。どんな才能の見えない結果でも好きになったり認めたり褒めたりする人間がいると信じているからだ。
出来の悪い自分の成果に言い訳を与えるみたいな考え方だが、それでも、自分としては、他人のものを、特に他人の好みから出てくるものを貶めるようなことをしないというポリシーを持っている。
本当はこういうことなんで、自分を高めたり自慢することじゃないと思う。たいていの人間がある程度の寛容を持っている体。でないと、ニコ動、ピクシブなどの自己満足のプラットフォームはここまで成功することができないだろう。
つまり、オタクの場合、できるだけのことを努力し、マナーをちゃんと守って発表したり評価する。才能があるかどうかはもう無視してもいい。みんな平等である。

だが、ただ自己満足のために、一緒にやっている人間を妨害するなら話は別だ。同じステージに立とうとする「仲間」だったらなおさらだ。
自分がやりたいことをとにかくやって、同じことを一緒にやりたい人を立場を利用して阻止しようとする。
どんなに自分を正義の味方とか、夢のための努力家とか、挙句仲間のために死ねる熱血主人公をなりすまし、自分がしていたマネを隠そうとしても、目的がどうあれ、結局他人から見れば醜いことだけだ。


日本に来て、もうこんな敗者組的なもの気にすることをしないようにいきたいけど。
でもね、自分の作ったアイドルごっこに溺れるヤツらに見たら、笑えて笑えて、もうなにか言わずにはいられないと思う。
まあ、自分が昔からずっと似てる夢を持っている人間だと気付けさせたことは唯一有意義なことだろうね、今回は。
もっとも、再来週で一旦帰国だし、マイペースかつ自分なりのやり方を持つのはもっと大事だと、ずっと分かっているさ。
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